発達障害【ADHD】グレーゾーンの息子(4歳)の成長記録1

現在4歳7ヶ月の息子(タロー)をもつ母ヨウコです。

 

発達障害グレーゾーンの息子について、成長記録を残したいと思い記事にすることにしました。

息子の様子、成長過程、改善したことや悪化したことなどや私が読んでいる本、また効果があった改善方法など、全てを赤裸々に記録していくつもりです。

私と同じようにグレーゾーンのお子さんがいらっしゃる方や、育てにくさを感じている方など、多くの方々の参考になれば幸いです。

 

 

今回の記事については、

まず息子タローが生まれた時から現在までの様子について、発達障害グレーゾーンと疑い始めた理由も交えながら簡単にまとめてみました。

 

過去を振り返ってみて発達障害の症状と思われる内容がメインですので、記事内容はどうしてもマイナス面中心になってしまいます。

息子のプラス面(才能や好きなこと、得意なこと)などはまた別記事でまとめようと思います。

 

タローが生まれてから現在に至るまで(1)

とにかく寝ない子だった

タローは予定日12日超過で生まれてきて、体重は3700gを超えていました。

 

生まれたばかりの頃からあまり寝ない子でした。

1歳を過ぎても2時間おきくらいに起きて授乳していました。

お昼寝もあまりせず、寝たと思っても背中スイッチがビンビンに稼働していてベッドに置くとすぐ目を覚ましました。

どれだけ活動的に過ごそうが、長時間ぐっすり寝てくれることはありませんでした。

ただ、車に乗っている間と、私が横で一緒に寝ているときは比較的よく寝ていました。

 

息子の睡眠の浅さが心配になり、周りからアドバイスをもらいながら1歳4ヶ月で断乳を試みました。

断乳も、周りからは4日ほど頑張ったら朝まで寝てくれるようになるよ!と聞いていたのですが、息子は2週間くらいかかりました。

なんとか2週間で断乳は成功しましたが、その後も朝まで一気に寝ることはありませんでした。

息子がぐっすり朝まで寝るようになったのは、ごく最近、4歳になってからです。

 

ハイハイの頃から多動気味だった

タローは生後半年でおすわりやハイハイを始めました。

体の動きは順調に成長していたので、この頃は寝かしつけ以外にはなんの心配もありませんでした。

ハイハイが上手くなってきてつかまり立ちもするようになった頃から、活発でした。

あらゆる引き出しを開けては中身を出したり、少し目を離した瞬間に階段をすごい勢いで登っていたり、キッチンのシンク下の扉の取っ手を握ってキッチンによじ登ったり。腕の力はその頃から人一倍でした。

 

でもその頃のイタズラや活発な動きはどんなお子さんでもよくある事だと思い、全く気にしていませんでした。実際そのような話はよく聞きますよね。

好奇心旺盛だな〜!力強いな〜!と成長を喜ばしく思っていました。

 

そしてタローは1歳手前で歩き始めました。

ヨチヨチ歩き始めた頃から、タローは走っていました。

当然、まだまだ不安定なのでよくこけていました。

その時も、もう走ってるよ〜すごーい!と賞賛の目で見ていました。

今思えば、この頃から多動傾向が出ていたのだと思います。

 

二足歩行でバランスをとれるようになってから、転ぶのも減るかな?と思っていましたが、

次は、不注意でよく転ぶようになりました。

何かターゲット(興味の対象)を見つけたらそこまで真っしぐらで、床におもちゃが転がってようが段差があろうが、おかまいなし突進していきました。

ターゲット以外何も見ていませんでした。

案の定、何かにつまずいて転んだり、誰かとぶつかったり、そのようなことが頻繁に起きていました。

 

記憶に残っているのは、ある日支援センターに遊びに行ったときのことです。

タローは滑り台に向かって突進していきました。

しかし滑り台のてっぺんに立った瞬間(座って滑り始める前)から、タローはもうすでに違う遊具を見ていました。

滑り台で遊ぼうと思って階段を登った頃にはもう滑り台には興味はなく、目に入った別の遊具に興味を示し、滑り台の坂道を滑ることなく駆け下りていくのです。

しかも足元を一切見ずに。

 

見ていた保育士さんも、

「この子は滑る前からもう違うターゲットを見つけてるよ」と驚いていました。

私も、ほんとだ〜と笑いながら、そんな時でさえも特に気にすることなく笑い話で終わりました。

今思えば、これも多動の症状の出始めだったのかなと思います。

興味の対象がコロコロ変わっていました。

家でも支援センターでもどこでも、同じ遊びで30秒も遊び続けることはありませんでした。

 

また、ターゲットまで真っしぐらで周りは一切見ていなかったので、当然、車道に飛び出すこともありました。

手を繋いでも(というか力づくで手首を握りしめても)全力で拒否し私の手を振り払って走り続けました。

あまりに拒否するので、手を振り払おうとした勢いでこけて頭を地面に打ち付けたこともありました。

4歳になった今はもう訳もわからず車道に飛び出すことはありませんし、手も繋いでくれるようになりましたが、そうなったのは幼稚園に通いだした頃からだったと思います。

ただ、不注意で転ぶということは4歳の今でもよくあります。

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集団生活が苦手だった

集団が苦手なことに気付き始めたのは、1歳半検診の時でした。

集団健診なので、同じ月齢の子たちが何十人といます。

まず、待合スペースに到着した瞬間から、タローは大泣きして暴れ出しました。

私もなんで泣いてるのか全く分からず、場所見知りかな?程度に捉えていました。

しばらくしてなんとか泣き止んだのですが、終始動きっぱなし。

ただ、同じように動き回っている子もたくさんいたし、泣いている子もいたので、あまり気にしていませんでした。

健診でも、特に何も指摘されませんでした。

 

2歳を過ぎた頃、私の友達2人とその子供たち(タロー含め3人とも2歳の男の子)と食事をする機会がありました。

タロー以外の2人は仲良くおもちゃで遊び始めました。

タローは2人のお友達に興味を示す様子は見せず、一人で黙々とおもちゃで遊んでいました。

その頃自分のおもちゃを使われることに強く抵抗していたので、持参したおもちゃは私のリュックから出さないでと要求してきました。

そして、お友達のおもちゃを我が物顔で使い始めました。

我が子でさえも、性格悪!と思ってしまいました。笑

 

 

2歳6ヶ月からタローは幼稚園のプレ保育に通い始めました。

子供たちがたくさん集まる入会式では案の定大泣き、大暴れ、脱走!で、成長を喜ぶどころか私たち親にとって非常に苦痛な一日でした。

 

プレ保育は週一回でした。

始めの2回ほどは行くのをしぶっていましたが、それ以降は周りの子は泣きしぶる中タローは意外とあっさり泣かずに行くようになりました。

ただし、お遊戯室で大人数集まるときはやはり脱走を試みたり、お外遊びが終わって中に入るときも泣いて暴れていたようです。

また、みんなでお歌を歌ったり先生が前で少しお話しをする間は、じっとしていられず動き回っていたようです。

絵の具を使ったりお絵かきしたりするときは、興味があったのか、集中して参加できていたようです。

 

そして1ヶ月ほど経った頃、お迎えの時に先生から引き止められ、

「タローの多動が少し気になる。年齢とともに改善するかもしれないが、もしかしたら発達障害の可能性もある。今はまだなんとも言えない。市の療育などもあるので、考えてみてもいいかもしれない。」

と告げられました。

 

私自身も、息子の様子を見ていてもしかして多動症なのでは?と思っていたこともありました。

 

しかし第三者から告げられたのは、私にとってすごくショックでした。

帰りの車の中、無邪気に笑うタローを見ると、自然と涙が出てきました。

 

その後、娘(ハナ)の里帰り出産をひかえていたので、プレ保育は2、3回お休みし、次は9月の後期から行くことになりました。

 

その夏からタローは驚くほど変わりました。

プレ保育の先生も驚くほどでした。

 

タローがどのように変わったのか、プレ保育お休みの期間に何があったのかは、また次の記事で。

 

ちなみに、タローはまた別の幼稚園のプレ保育にも通っていました。今通っている幼稚園です。

こちらは親子で参加するタイプのプレ保育でした。

こちらでも何度も脱走を試みたり、興味のない絵本の読み聞かせの間などは一人別の遊具で遊び続けていました。

 

そして娘の出産から夏休みを経て、こちらのプレ保育でもタローの様子は変わりました。

 

 

つづく。。

 

タローが生まれてから現在に至るまで(2)

 

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